2016年8月23日火曜日

地域に広がった共同と
今後の発展・課題
地域共同に関わる
革新懇メンバーによる座談会
               7月12
今井文夫東京革新懇事務局長
 お集まり頂きありがとうございます。戦争法反対では東京のほとんどの地域に党派を超えた共同が広がるという画期的な到達となり、国会行動を支え、全国も激励した。各地の共同をどう発展させるかが本日の座談会の目的だ。
 最初に、各地域でどんな共同が広がったか、広げる上でどんな点に留意したか話して頂き、後半は、どう共同を発展させるか、留意点、個人の意見を含めて踏み込んだ発言を含めてお願いします。
野本春吉大田革新懇常任世話人
 大田では、第1回の宇都宮選挙の時から、1000人委員会と革新懇が一緒にやろうと話し合い、2回目の宇都宮選挙でも共同の取り組み行った。
 戦争法廃止では、戦争法廃止オール大田実行委員会が5野党に共同を申し入れ、野党共闘を求める蒲田駅の大規模駅頭宣伝を800人で行った。
 革新懇は、去年、一昨年の脱原発の取り組みで、幅広い人に呼びかけようと、元自民党区議会議長の大田区連合町会会長が「原発では右も左もない」と賛同してくれ、元民主党都議会議員の大田区連合老人クラブ会長も賛同、大きな流れができた。
 2000万署名では、そういう人に呼びかけ人になってもらい、町会長、老人クラブ会長、住職、保守層へと1800通郵送、1000人余の開業医にも呼びかけた。
 オール大田実行委員会では、共闘に慣れていない人も多く、ていねいな運営に心がけている。
内藤利治杉並革新懇事務局長             

 杉並は昔から市民運動が盛んだ。つくる会系の教科書の採択があって、党派を超えた市民運動がくり返されてきた。311以降、原発反対の運動が大きく動いた。運動のスタイルが全然違う。全体で議論して決まったことをやっていくスタイル。規模も大きくなったが長くは続かなく一定で収まってゆく。
 戦争法が出てくる中で、2015年に革新懇、アピールの会、9条の会とかいろんな団体が集まり、NOWAR杉並を立ち上げた。個人が参加の形。反原発運動のスタイルだが、持続的にやるため事務局を設置。連絡先決め、司会は順繰り、出入り自由。
 昨年9月以降、今度は選挙だと、17人の超党派の区議が戦争法廃止で独自にキャンペーン活動。NOWAR杉並と共同でいろいろ企画。2つが懇談し、議員と市民の会、「自由と平和のために行動する@杉並」立ち上げ。野党共闘と2000万署名推進。しかし、大田みたいに広げ切れてない。
磯崎四郎日野革新懇事務局長
革新懇呼びかけて「戦争はいやだ!平和憲法を守ろう!日野の会」を結成。事務局は7人。事務局長、代表は決めてない。連絡先は私の家。昨年4月以降、20数回会議開催。市民の平和の願いをどう結集するか、平和のつどいとピースパレードを常に1000人を目標にめざした。ポスターの貼りだしや駅での呼びかけ、近所でのお願いなどで、やったとの実感が出て、運動が楽しくなっていく。若い人も参加。高幡不動の貫主の「釈尊の教えと平和憲法は同じ」との賛同もえた。一般市民に広げることを大事に繰り返しやってきた。しかし、民主系議員は一線を画し政党間の共同が難しい状況があ
千田昇町田革新懇事務局長        

 戦争法廃止の一点共闘の会なので、反原発や都知事選の持ち込みはやらないと区別している。町田には9条の会が全市的にあり、代表の方が集まり、155月に孫崎享氏を呼び、「戦争はごめん!町田市民連絡会」の結成総会を行い、集会とデモをくり返してきた。孫崎氏550人、小林節氏600人、中野晃一氏500人。若い人の参加と保守層への働きかけが課題だ。
野本
区議会では共産党排除路線が強い。戦争法廃止にむけての運動では、共産、民進、生活者ネット、民主フェア、無所属の17人が共同声明出し駅宣もやった。オール大田実行委員会は、参議院選での野党共闘めざす取り組み、その後は、政策的一致が重要と8項目の要望を整理。それをもとに、共産、民進、生活者ネット、民主フェア、議員のいない社民党、新社会党合わせて懇談、政策的に一致。2回目は小選挙区どうするか懇談。都知事選も野党が統一したらやろうとなっている。
内藤
元民主党都議の区長がすすめる区施設リストラ問題への対応で17人の区議で分かれる。市民運動やっている人が議会傍聴に行って頭にきたと帰ってくる。
市民から早く衆議院選の候補者を一本化しろとの要求が出る。@杉並の会は候補者をきめるところではない。統一にむけての場所を設定するとの役割。3人の候補者陣営と市民の円卓会議を100名以上で開催。2回目は候補者3人が揃った。そうなると共産、民新の党派同士の話し合いも出来てくる。政策提言もして詰めていく。厳しい意見は出るが、主催者としては相手をあまり追い詰めず一致点を大切にしていく運営が重要。
千田
共産、民新、社民、生活者ネットの4党と市民のシンポジウムを80人参加で3月に開催。戦争法廃止、改憲阻止、沖縄米軍基地建設、野党共闘について、各党代表が2分ずつ発言。みな一致した。玉川学園でも同様のシンポジウムが行われた。
磯崎
昨年6月議会に自公民の与党が突然、安保法制促進決議を出したことに対し、私たちは自民や民主の議員と激しくやり合いながらも「日本人だったら戦争がいやなのは当たり前」「国民の理解が前提」などの発言を与党議員から引き出し、人間的つながりも出来た。実際議論すると壁がないことも感じた。その後、3回のピースパレードの度に、繰り返し全会派の議員に働きかけた。目に見えて市民の運動が広がったことが、各会派に影響を与え続けた。
昨年11月の元議員共同アピールが、党派を超えた共同の出発となった。131日の900人の平和のつどいの成功を通じて、生活者ネットも賛同し参加するなど、党派間の共同も前進してきた。
野本
オール大田実行委員会は、戦争法反対で12回の大きなセレモニーやりたいと結成された。スタッフ事務局も4団体と全体で行う実行委員会の運営になっている。
小選挙区は首長選挙と同じたたかいになるのではないか。各大衆団体の選挙も違った取り組みになるのではないか研究しようとの議論まで来ている。自らの要求を掲げてどう参加するか、新しい歴史的局面だ。
磯崎
ピースパレードでの共同を土台に、日野市民連合の準備をすすめ、元議員、弁護士、学者、ママの会、若者のUTITEなどが加わって5月に結成した。野党の共同を追求し選挙で政治を変えたいと無党派の市民も参加して宣伝などにとりくんだが、そこには党派の選挙運動だけでは汲み尽くせないエネルギーがある。戦争法に反対し憲法守れと運動してきた市民の願いが発揮できる選挙の運動を大胆に提起する必要ある。
1月のピースパレードに向けては、1152人の賛同を集めたが、本気でやれば数千人やれる。市民の平和の願いを集める方法まだまだある。新たな改憲阻止の運動の組み立てなど議論する時だ。
内藤
会議と会議の間はメールのやりとりで事が進められていく。いろいろアイディアが出され、メールを通して仲間が増えていくがまだ狭い。手間ひまかけて日野のようにもっとダイナミックな運動にしていくのが課題だ。
団体は独自の課題がありもありなかなか会議に参加できない。共同センターがなく革新懇がつなぐ役割か。運動の組み立てが、市民運動の個人と大きな団体が一緒に共同を発展させるというふうに行かないと次の段階に行けないと思う。
野本
参議院選に向けて2000万署名は大きな力になった。総選挙に向けて引き続き署名をやった方がいい。有権者の過半数位をめざし、議論を起こし、一人一人が参加する運動を追求する必要ある。途中で講演会、デモ・集会、大きな宣伝行動と組み立てて行く。
磯崎
自治労加盟の日野市職は、「戦争法反対でたたかわなかったら労働組合の存在価値はない」とピースパレード3回目には執行委で賛同を決めて組合旗を持って参加。2000万署名にも積極的に取りくんだ。全体の運動が盛り上がる中で労働組合も動き始め、市民連合には連合JR東労組八王子支部からも参加している。
署名が大切と私も思う。署名があったから対話が広がった。地域で署名集めるとつながりや運動の視野が広がる。これまでの活動家も目の向け方が広がる。「全市民を視野に」が運動のキーワードだ。
野本
2ヶ所地域の会が出来た。洗足は、力があまりない地域だから、幅広く広げた。地域に共闘広がればまだまだ可能性ある。
地主が建てたマンションに自民党のビラまかり成らんとの張り紙など保守の人が変わってきている。視野に入れた運動求められる。
革新懇も強化しなければとニュースの拡大もめざしている。
千田
革新懇の3つの目標はどんな課題でもやれる。原発、消費税、安保法制、生活向上、町田の米軍機の騒音など。革新懇は末広がりに活動出来る。
内藤
共同を広げる上で革新懇が一定の役割を発揮しているが、へたするとそこに埋没しかねない。革新懇とNOWAR杉並のやれることとは違う。革新懇が大きく、若返っていかないと運動発展ない。独自の活動も継続的に行いながら、どう共同を発展させるかが重要。
磯崎
日野革新懇は、2月総会で55人だった会員を78人まで拡大した。早く100人にしたい。市民連合の代表の元社会党議員の方も全国革新懇ニュースを購読してくれた。共同を広げて政治革新をめざしているのが革新懇だから、くどくど説明しなくともわかりやすい状況だ。
今井
 本日はありがとうございました。

2015年10月6日火曜日

最近思うこと

 「軍事奴隷」国家を阻止しよう
 
今宮謙二 中央大名誉教授、
       東京革新懇世話人
   
 今年は戦後70年、新安保条約55年、プラザ合意30年にあたります。そしてこれらと同様あるいはそれ以上の変化が今年生じました。第二次大戦後、平和憲法により国民主権、平和、民主主義のもとで日本は発展してきましたが、同時に別な面ももっていました。それは政治、外交、経済などがアメリカの従属体制におかれ、アメリカ世界戦略の重要な基地となり、軍事同盟強化の道を歩んできた面です。
 919日安倍政権によって強行可決された戦争法は、この軍事同盟強化をより完成させたものですが、その実体はアメリカの「軍事奴隷」国家に変質させたといえます。
 かつて自衛隊イラク派遣の統括をした元内閣官房副長官補の柳沢協二氏が断言したように、この法によって日本はアメリカの協力要請を断ることが不可能となったのです。(「朝日新聞」920日)
 「軍事奴隷」国家をつくるため、安倍政権がやったことは、平和憲法を踏みにじり、国民主権の無視、民主主義の否定など明らかに「独裁政治」そのものです。まさに平和な日本の社会を破壊させたといえるでしょう。
 おそらく安倍政権は今後景気回復をはかり、国民が戦争法を忘れると期待するでしょうが、景気回復は不可能です。アベノミクスは大企業のみ利益の守り、労働条件悪化、社会保障切りすてなど、国民生活は苦しくなり格差が広がっているからです。

 しかし、新しい時代は生まれつつあります。考え方や立場の違いをこえて、おおくの国民特に若い人たちが戦争法反対に立ち上がっているからです。この国民的運動がさらに続き広がるもとで、野党が協力すれば戦争法廃止=安倍政権打倒は必らず実現するでしょう。

2015年9月2日水曜日

  三上満先生を偲んで
       
乾 友行 
  全国革新懇事務室長 
三上満先生のご逝去を知らされたとき、ことしの全国総会を前にして三上先生とお話したことを思い出していました。
先生は、病状がおもわしくなく、「こんな体調で代表世話人を続けていいだろうか」と言われました。先生にがんばっていただきたいというお願いをすると、“やがて死んでいくのは自然の法則”と言いつつ、「あまり動き回れないが、できることはしたい。最後まで革新を貫いてまっとうしたい」というお話をされたのでした。こうしたやりとりがあっただけに、全国総会の閉会あいさつでの戦争法案阻止をよびかける気迫の訴えに深い感動を覚えずにいられませんでした。
先生は、文字通り、教育、労働運動、統一戦線運動の分野でめざましい活躍をされ、2004年から全国革新懇の代表世話人を努められました。代表世話人会でいつも教育の問題について発言され、政治革新への熱い思いを語っておられました。その点では、筋金入りでありながら、新しい出来事への興味が盛んで、柔軟な発想をお持ちでした。
三上先生は、代表世話人として、各地の革新懇講演会に行かれ、憲法や教育、宮沢賢治について語り、感銘を与えてきました。青年への思いも強く、大阪での青年革新懇交流会で、次のように「若い人へのメッセージ」を贈りました。

「革新的に生きるということは未来をひらく、その困難を背負って生きることだ。それは困難であるが楽しく、やりがいがり、素晴らしい人生だ」

最近思うこと

    革新懇の旗高く

小中陽太郎 
   作家
  東京革新懇世話人 

 沖縄戦敗北の記念日直前の、6月20日、「軽井沢9条の会」の10周年記念の講演会にうかがった。地道に活動してきた9条の会(代表土屋ちよ、なんと私と東京世田谷の同級生)と軽井沢追分教会の稲垣壬午牧師や南教会の信徒たちで文字通り革新統一の集会だった。軽井沢追分教会は、稲垣牧師一家が3代にわたり定着、日本の教会でも珍しいパイプオルガンを備えている。
 思い起こすと、革新懇は発足のころ、よく旅をした。いまはなき松浦総三さん(評論家)や共産党代議士吉岡吉典さんなどと角倉洋子事務局員と気仙沼を尋ねた。
 当時革新統一という言葉は、労働組合、政党など諸団体との民主的交流を志していたようにおもう。
 それはいまでも維持されていようが、さらに多様な市民の交流の場になっていて親しみやすい。研究会などのほかに、既成のマスコミの二極化のなかで、(マスコミにどう立ち向かうかが、軽井沢での話の主な内容だったが)、この革新懇ニュースなど、手作りの紙の情報がおおきな手段になっている。そういう意味で軽井沢ひとつとっても地域や職場と市民をつなぐ運動になってほしい、とおもう。
 このあと高校時代運動部の合宿で夏と言うと汗を流した千が滝を尋ねた。木下恵介の「カルメン故郷に帰る」をロケした千が滝分校は廃校になっていたが、星野温泉で作家の高平哲郎がまっていてくれて、信州そばにしたづつみをうった。もちろん蕎麦焼酎もわすれずに。帰京後、安保法案急を告げ、わたしも国会前にデモに行ったが、そこにはいつも各地の革新懇の旗が9条と並んではためいていた。
 最近鶴見俊輔さんが逝去されたが、わたしは信州をたずねたあとのこととて、赤旗日曜版(八月九日)の弔辞で思わず上田出身の真田幸村を詠んだ俊輔さんの詩を引用した。
「幸村は六文銭のはたをたてて」
これからも安倍退陣、安保法案廃案、憲法9条堅持の旗を高く掲げてほしい。


2015年8月10日月曜日

 多くの人たちと手をつなぐ活動を 
   奥田靖二(浅川金刀比羅神社宮司、東京革新懇世話人)

 戦争法案が国会で審議され、国民の理解を得ぬまま、多数の憲法学者もこの法案を「憲法違反」としているのに採択を強行しようとしているのは許せません。私も国会前で「もう黙ってはいられない・戦争法案に反対する宗教者の会」の一人として声を上げています。
右翼論壇誌とされる「WILL」8月号で日本防衛大学校名誉教授佐瀬昌盛氏は「早い段階で自衛隊は派遣先で犠牲者を出したほうがよかったのではないか」「自衛官の「戦死」に免疫性を持つべきではないか」という暴論まで述べています。同誌で石原慎太郎氏も(自衛隊は)「一旦緩急の際にはその身の危険を覚悟の者たちによって構成されているもののはずではないか」と「自衛官の身の安全は保障されるのかなど」「アホと違うか。軍人(自衛隊は歴とした国軍である)は、その職務において一身をなげうつ覚悟を決めている。」と書き、同誌冒頭の「朝四暮三」欄の加地伸行氏と共鳴しています。いやはや恐ろしいことが起きていると思わざるをえません。
 さて私は小学校教師を退職後地域の神社の神主となり、宗教者として大震災犠牲者追悼、原水禁大会での終日の断食の祈りや灯ろう流し、「沖縄と心をつなぐ諸宗教の祈りと市民の集い」などに参加してきました。全国革新懇総会でも発言し「もっと地域の宗教者に平和や命の問題で声をかけて…」と訴えました。
政治家が「神道政治連盟」を名乗って宗教を利用し、安倍内閣閣僚のメンバーの多くもこのメンバーだそうです。ますます許せない思いです。憲法解釈を勝手に変えて「戦争ができる国」へ日本の舵をきることなど、まさに「もう黙ってはおれない」は宗教者だけではないはずです。

        ・


   故髙岡岑郷さんを偲ぶ
                  柴田桂馬(九条の会東京連絡会事務局) 

 私はかつて日本がすすめた侵略戦争の体験者の一人です。高岡さんと出あったのはまだ20年くらいです。「東京都平和祈念館(仮称)」建設をすすめる会と九条の会東京連絡会、柴田徳衛さんを中心にした「東京問題研究会」で心を合わせて活動してきました。
 活動の中で絶えず髙岡さんは「3月10日をはじめ100回以上の東京空襲の実相を後世に伝える拠点をつくることは今生きている私たちの最も重要な使命だ」と語り、力を発揮されていました。
 また、全国空襲被災者連絡協議会が毎年8月に開催する「民間の空襲被害者救済援護法制定・差別なき戦後補償」を求める集会の成功のためにも尽力されました。
 高岡さんは常に「平和といのち」の大切さを訴え続けてきましたが、その信念の強さ、同時に柔軟性、そこから発する豊かな説得力・発言力で平和・革新運動、とくに憲法違反の「戦争法案」廃案に向けてのたたかいの発展に大きく貢献してきました。その戦争法案とのたたかいのただ中で、高岡さんを失ったことの無念さを噛みしめています。ご冥福を祈りします。


2015年6月3日水曜日

「最近思うこと」
  NHKよ、蘇れ!
  ビラに託す「思い」

  丸山重威(ジャーナリスト、東京革新懇代表世話人            

 「NHKの職員の皆さん!NHKのすべての職場、あらゆる職種の皆さん! 私たちは皆さんに頑張ってほしいと願ってビラを配っています」―5月26日朝、放送を語る会、JCJなど4団体で、東京・渋谷のNHKの門前で、「NHKは政府からの自主・自立を」と訴えたA4判のリーフを配って宣伝した。
 「先日、NHKのニュースは、ポツダム宣言をよく読んでいないという安倍首相の答弁を報道しませんでした。きょう戦争法の審議が始まるのに国会中継はない。これでいいんでしょうか? 『安倍様のNHK』では困るのです」
  繁華街のビラ配りでも同じだが、さっと手を出して受け取る人、脇目もくれず足早に歩く人、手を振って断る人…。反応はさまざまだ。
 ビラを配り、相手を見ながらいつも考えるのは、「この人、どういう仕事かな?」ということだ。「制作現場かな」もあれば「技術屋さんだな」もある。そして「余裕がなさそうだな…」「疲れているなあ…」も。いろんな表情で職場に向かう人々に、仕事と仕事場の空気も考えてしまう。
 「ニュースに関係がない方も多いと思います。でも職場で話し合ってください。NHKの責任は大きいのです」。
 私たちが訴えたのは、NHKは最大のメディアとして、国民に真実を伝え、平和を守り、育てる放送局になってほしいということだ。いい仕事は、自由で健康な職場からしか生まれない。だから中からも声を出してほしい。NHKは、政府広報機関ではない。会長は辞めるしかない…。
 配ったリーフは千八百枚。「NHKはジャーナリズムとして蘇れ」という私たちの思いをどう伝えてくれるか。職場で家庭で、何人の人に読まれ話題になるか。

 小さなリーフに、私たちの「思い」が託されていた。