2013年7月25日木曜日

   創作折り紙の楽しみ                 
     ピースフル・オリガミスト
  折り紙は、江戸時代に庶民の間で手遊びとして広まったそうです。千羽鶴などのアイディアも、その頃大きく花開いたとききます。そしていまや、オリガミ(ORIGAMI)は世界共通語になっているほどです。
  折り紙は、もちろん本を見ながら作品を折るのも楽しいのですが、それに飽き足りなくなってくると、自分で創作したくなってきたりします。そうして子どものころからはや20年くらいは創作の道に進んでいます。私の創作折り紙は「経験と勘」に頼っています。伝承作品、誰かの創作した作品の技法を真似て折って「経験」することによって、だんだん「こう折ればあんな形になってくる・・・」という「勘」がはたらいてきます。設計折り紙という高度な数学的アプローチによる精密な折り紙作家もおおぜいいらっしゃいますが、私にはそういうことができないので、「経験と勘」に行き着くわけです。
私の創作のモットーは、「好きな何かをモチーフにすること」と「何かピースフルなメッセージを込めること」です。例えば、大好きな野球をモチーフにする(選手やマスコットキャラクター)、昔よくやっていた釣りにちなんで魚を折ってみる。あるいは、平和への祈りを込めて「はと」や「ピースマーク」を   折ってみたりする――そうやって創作活動をしています。
近頃は、その日見たものをいきなり折りたくなり、絵の具や色鉛筆ならぬ折り紙で「スケッチ」をしています。写真は、平和のシンボルである「折り丹頂鶴」です。もちろん、私の創作、いわば「折りジナル」です。


 田邉順一 写真家
  どこで暮らせばいい? 認知症



このところ、気にかかっているのは急増している認知症のことだ。2012年には認知症高齢者は462万人、更にその予備軍が400万人だという。認知症の人たちと出会った1970年代から80年代は、社会資本はほとんど皆無に等しく、家庭での介護が無理になると精神病院か老人病院に入れるしかなく、そこで目にしたのは手足をベッドに縛られ薬漬けにされ、人としての尊厳を奪われた老人の姿だった。
30年が経ち、医療や福祉面ではそれなりに対応しつつあるが、社会的入院は増えている。2011年には精神科病院に入っている認知症高齢者は53,000人、5年前の2倍だ。徘徊や暴れる人たちには先ず抗精神病薬が使われるようだが、その量や内容の実態は不明。先進諸国では使用の可否が問われ、今や薬から人の対応へと移っている。徘徊や暴力などの行動には理由があり、優しく受容することで多くは解消するということが分かってきたからだ。
昨年の6月、遅ればせながらこの国もこれまでの「認知症は病院か施設で」という方針
から「尊厳を保ち、住み慣れた地域で」に転換すると宣言した。
ところが、逆行するような「精神保健福祉法改正案」がこの6月の国会を通過。緩和された医療保護入院制度により、来年4月からはこれまで以上に簡単に精神病院に入院させられるようになった。入院患者の減少に危機感をもった日本精神科病院協会からの強い働きかけがあったらしい。だが、宣言した国家戦略が如何に実効ある形で、迅速かつ着実に進むかをしっかり見ていかねばと思っている。
折も折、6月に私の古くからの友人が精神病院に緊急入院。認知症と診断されて8年、一人で介護をしてきた奥さんの疲労がピークに達し、相談したかかりつけ医の紹介だった。  
入院当日、自宅で朝食を摂り、着いた病院の玄関からは歩いて入った彼が、その日から食事を拒み、二本の足で立つこともできなくなった。
膝痛に苦しむ76歳の奥さんは自宅に連れ帰るべく準備をしているが、今の社会資本でどこまで支えられるか・・・。