2011年8月4日木曜日

須山利夫さんを偲ぶ 


 5月28日に逝去。享年76歳。1935年東京大田区生まれ。1962年、27歳で大田区の生活と健康を守る会の専従として全
生連運動に参加、76年から全生連の全国理事、80年から都生連事務局長と全国常任理事に、04年から都生連会長と全生連副会長。東京革新懇代表世話人、革新都政をつくる会代表世話人などを勤める。

生涯現役で貧乏をなくす運動を続ける
東京都生活と健康を守る会(都生連)事務局長 秦 一也
須山さんは、27歳で「生活と健康を守る」運動に参加され、会員の目線で運動を進めることや班での活動を強調され、全生連運動の基本である「会員主人公」の活動を広めるために尽力されてきました。
 また、一人ひとりから集める「私の要求」運動の中で「明るい景色が見たい」という要求を取り上げ、白内障・眼内レンズの保険適用を実現させました。南京虫退治の活動、革新都政建設、都営住宅の名義人承継問題などの自治体闘争を広げる上で、大きな指導力を果たされました。生活保護の老齢加算削減に対しては、都生連史上初めての裁判闘争に踏み出し、最低生活費を引き下げられては暮らしを守れない、と奮闘されました。
また全国・東京革新懇が主催した懇談会「小泉『構造改革』で何が起きているか」(06年4月)において、弱者いじめの「改革」を告発するなど、民主運動で幅広く活躍されました。
  昨年九月の全生連全国大会で、中学校の先生が「修学旅行にいけない人は手を上げて」と言われて自分を含めて数人が手を上げたこと、そのことが「貧乏はいやだなあ」と腹の底から思われ「貧乏なくそう」という人生観の出発だと話され、大きな感銘を与えました。焼酎とトンカツがお好きで、会議が終わってからの食事の時には、焼酎を飲みながら運動の話をされていたことを思い出します。
須山さん、あなたが目指された「貧乏のない社会」をつくるために、私たちは運動を続けてまいります。安らかにお眠りください。