2014年5月2日金曜日

最近思うこと

親からの遺産
早乙女勝元作家、東京革新懇世話人)

 この三月末で、八二歳になった。
 自分で自分のトシに驚き、あわてている。
 というのは、私は生まれた時から病弱だったからだ。一歳までに何度も大病し、数年しか生きられないといわれたほどの虚弱体質で、気の弱い子どもだった。
 家計は貧しい下町所帯のなかでも、特に極貧だった。両親は健在だったものの、父は定職のない大酒飲みのスネ者で、私の成長期には、ほとんど家に寄りつかなかった。
 母は女手一つの針仕事で、四人の子を育てるのに働き詰めだった。戦中の思い出といったら、寒さとひもじさばかり。やけ酒で身を持ちくずした父は五〇代なかばで他界したが、遺産らしいものは何もない。
 大学はおろか高校も出られなかった私は、一時期その父を恨む気持ちもあったが、今にして、彼は大変な贈物を残してくれたものだと、思うようになった。もう二度と戦火に逃げまどうことなしとした、日本国憲法である。
 むろん、私の両親がその憲法の成立に関与したわけではないが、憲法誕生時の、国民の一人であったことは間違いない。
 その大事な平和のバトンを、もしも私の代で失うとしたら、あまりにも不甲斐なく慚愧に堪えない。死んでも死にきれぬという表現は好きではないが、そんな気持ちが、ふと胸をかすめるようになった。
 私にも、子どももいれば孫もいる。次世代に、私が両親から受け継いだ平和のバトンを、手渡さずにおくものかと思う。そう思えばこそ、もうひとふんばりの日々である。

 おかげで、老人という感覚はない。一〇代から休みなしに書き続けて、一日四〇〇〇歩以上を歩き、足腰をきたえている。

2014年4月2日水曜日

最近思うこと

許してはならない安倍「教育再生」
   三上 満(教育家、東京革新懇代表世話人)
 いま安倍政権は、「戦争する国」づくりのために、子どもたちの心の中にまで手をのばそうとしています。それが自民党・政府・財界・靖国派が一体となって進めようとしている、いわゆる「教育再生」の策動です。
 第一次安倍内閣のときに、国民の大きな反対の声をふみにじって、教育基本法改定が強行されました。その最大の狙いは、教育の政治支配に道を大きくあけることでした。そして、可能となった政治支配をテコに、教育の目的に、愛国心、伝統文化の尊重、公共の精神といった目的を、子どもたちの心にすりこむことでした。それは安倍首相自身や自民党の歴史認識と結びついた教育目的です。
 今たくらまれている「教育再生」は、その狙いを、いよいよ実現しようと動き出したものです。
 そのひとつは教育委員会制度の大改悪です。教育委員会は教育の権力支配を排するために、政治から独立した権限をもつものとして、戦後教育の自主性を守る柱となってきました。一九五〇年代の「再軍備」改憲策動の中で、それは公選制から任命制に変えられてしまい、それによってかなり形がい化してきたことは否めません。
 しかしそれでも、政治の支配・介入をくいとめる役割を果たしたことも少くありません。いま沖縄県の竹富町で、あの育鵬社の教科書採択を拒否して教育委員会ががんばっているのもその一例です。文科省の「是正要求を出せ」という圧力に、沖縄県教委も応じていません。今や安倍政権にとって教育委員会も目障りな存在なのです。この教育委員会を、ほとんど権限のない諮問機関のようなものに変えてしまおうと言うのです。
 この策動を許さないたたかいとともに、この機会に、教育委員会について学び、関心を持ち、ほんらいの機能を持ったものに変えていく取り組みが求められています。
 もうひとつの重大な問題は、教科書の問題です。
 「特に高等学校の歴史教科書については、いまだに自虐史観に強くとらわれるなど、教育基本法や学校指導要領の趣旨に沿っているのか疑問を感じるものがある」
 これは自民党教育再生実行本部が出した文書にある言葉です。戦争についての真実、日本軍の犯した罪、それらへの反省などを、「自虐史観」と攻撃し、こういう教科書では愛国心は育たないと言うのです。これは安倍首相自身が、もっとも強く抱いている歴史認識に他なりません。
 文科省はすでに教科書検定基準を変え、教育基本法の目的に沿わない教科書は不合格とするという方針を打ち出しています。それは彼らのいう「自虐史観」に立つ教科書を一掃するということです。これはまさに「戦争する国」づくりの意図と結びついたものです。 「道徳」を教科に格上げして、通知票の評価もできるようにするというたくらみも進んでいます。
 集団的自衛権をみとめ「戦争する国」になっていくのか、憲法をしっかり守って平和のために貢献する国になっていくのか、いま私たちがさしかかっているこの岐路の中で、教育の問題も、きわめて重要な課題になっているのです。
 教育は、子どもたちの心に希望をはぐくむ営みです。それは教育のただひとつの座標軸です。それ以外のものを座標軸に据えたとき教育は必ず歪み、子どもたちから離れたものになります。教育を「戦争する国」づくりの具にしようとする策動の、いちばんの犠牲者は子どもたちです。いまほんとうに、子どもたちを守るための共同を広げなければなりません。

2014年1月29日水曜日

最近思うこと

「はだしのゲン」攻撃と都教委
有原誠治映画監督、
 東京革新懇代表世話人)
昨年八月に松江市でマンガ『はだしのゲン』閉架措置が露見し、国民的批判の中でその措置は撤回された。だが、『ゲン』への攻撃はいまも続いている。攻撃しているのは、新しい歴史教科書をつくる会とそこにつながる草の根の右翼。原作者中沢啓治さんが原爆投下をもたらした要因として、侵略地での日本軍の蛮行を描き、昭和天皇の戦争責任に触れて描いた部分を取り上げて、教育現場からの撤去を求めている。
昨年の秋。私の仕事場のある練馬区の教育委員会には陳情という形で、東京都教育委員会には請願という形で、「はだしのゲン」の教育現場からの撤去をもとめる要望が出された。松江市で勝ち取ったものを練馬や東京で後退させるわけには行かない。友人たちと相談し、『はだしのゲン』の自由閲覧の維持を求める運動を展開した。
122日の練馬区教育委員会は、教育委員全員が陳情について発言し、「特定の図書を問題にすることは、検閲を禁止している憲法21条に触れる」「現場の先生方の図書選定を尊重し、統制しない」などの発言があって、全員一致で撤去を求める陳情などを不採択とした。一方、東京都教育委員会は19日に審議があって、ここも友人たちといっしょに傍聴した。都の教育委員会は、「さまざまな図書館資料がおかれることが必要である」などの理由から請願には応じないとする回答が採択された。そこは良かった。だが、『ゲン』については「暴力的な表現など、その一部に教育上配慮が必要な表現がある」とし、それを受けて、「我が国と郷土を愛する態度や、国旗、国歌の意義などについて、児童、生徒を正しい理解に導くよう、都立学校や市町村教育委員会に対して指導、助言を行ってまいります。」と、強引にまとめていた。これではまるで、統制ではないか。


2013年12月25日水曜日

革新懇全国交流会

革新懇運動は、国政を変える
      統一戦線の『架け橋』
大阪で「地域・職場・青年革新懇全国交流会」を開催            全体会 2013年11月16日 於 堺市 
   (全体会で連帯挨拶をするミサオ・レッドウルフさん)
安倍政権の暴走とそれを食い止める国民のたたかいが「激突する情勢」のもと、全国革新懇は2013年1116日、大阪で「地域・職場・青年革新懇全国交流会」を1700人の参加で開催しました。東京革新懇から、25名の参加がありました。
全国革新懇から「問題提起」で、「各分野での一致点にもとづく要求実現を求める共同を誠実に発展させ、政治を変える新しい共同に大きく合流、発展させよう」と呼びかけられました。
『一点共闘』から統一戦線へ
特別発言を行った志位和夫日本共産党委員長(全国革新懇代表世話人)は、「各分野で発展する『一点共闘』が互いに連帯する大きな流れにしていく『要』としての役割を果たそう。『一点共闘』が国政を変える統一戦線へと発展していく『架け橋』の役割を果たそう」と訴えました。
西東京革新懇が報告
全体会で西東京革新懇のさんは、「脱原発」と「憲法9条を守る」一点共闘の取り組みを報告しました。
市内にある18の反原発関連の団体に呼びかけ、「みんなのNONUKES西東京」を結成、市内の5駅をリレーする駅頭・散歩街頭宣伝、「原発シンポと親子イベント」、西武沿線92駅アクションなど多様な取り組みを持続しています。また、12の「9条の会」が中心となって、「SAVEザ9条・SAVEザ憲法 西東京実行委員会」を結成し、地域新聞に「戦争のできる国はイヤだ。だから憲法9条を守りたい」との意見広告を1080人の賛同で成功させました。
共同の要である地域革新懇(分散会11月17日エル大阪)
分散会では、松元代表世話人が、東京の地域革新懇が、原発ゼロや秘密保護法反対などの共同で「要」の役割を果たしていることを具体的に紹介しました。新堰代表世話人は、東京革新懇が全ての自治体に革新懇を結成することをめざし「地域革新懇活動の手引き」を作成したことを報告しました。
職場革新懇シンポでは
未来をひらく全日空の会の杉山事務局長は、「秘密保護法、国民の目・口・耳を塞ぐ悪法は、重く圧し掛かってきます。航空働者に米軍機とニアミスして報告すると、米軍機の行動が秘密機密扱いとなれば罪になる。航空機部品には、多数の米軍公知規格の部品を取り扱っています。これを誰かに喋ると、これも罪になる、など他人事ではありません。反対の声を職場に広げていくのも革新懇の役目です。」と決意を語りました。
「学び、楽しみ、行動する」をスローガンに掲げ活動している西武革新懇の青木代表世話人は、「もっと大きな視点」が大事ではないかと提起し「西武鉄道に働く人にも、利用者にも、住民にも優しい鉄道であり続けるために労働者、住民目線で経営政策などにも提言・批判を発信することが必要と考えていると、述べました。

2013年12月18日水曜日

老婆の叫び
 大峰順二 劇作家・演出家(東京革新懇世話人)

2010年の春。パソコンに長いメールが飛び込んできた。岩手県・西和賀町の生涯学習課で働く職員からである。その趣旨は、西和賀町にしかない町民劇をやりたいという事であった。

 西和賀町は、かつて「健康と福祉の村」として全国に名をはせた沢内村と、鉱山景気で活況を呈した湯田町が合併したことによって生まれた。しかし、合併によって誕生した新しい自治体が、夢や希望にあふれた歩みを始めたのかといえば、そんなことはない。沢内村の「健康と福祉」は、相次ぐ自治体いじめの嵐の中で赤信号を灯していたし、湯田町は、鉱山景気が去った後、温泉を頼りに観光地化を目指したが、成功してはいなかった。

 「……そんなわけで、西和賀町としての明日がなかなか見えないのです。高齢化は進む。若者は町を出る。後継者がいない。食い止めようにも仕事が創出できない。このままではいけない。そんな思いはあるのだけれど、どうすればいいのか。それを町民劇づくりの中で考えたいのです」

 私は、さっそく西和賀町に向かった。以後、80人を超える町民たちの参加で行われた「思いっきり語る会」の傍聴、聞き取り取材、さらには実行委員との懇談を深める中で「西和賀町物語」を書きあげ、上演にこぎつけた。2012年、晩秋の事である。

その上演中、場面は「夜の道行」。歩いてくるのは若い男女。男が星空の下でプロポーズをする。だが女は返事をしない。男には仕事がなく、先行きも見えないのだ。その時……。客席から大きな声が飛んだ。声の主は、老婆だった。

「がんばれ! まんず、すかたね!」

 まんず、すかたね……。そう叫んだ老婆の胸は、若者が定住し、結婚をし、子供を育てていける、そんな町でなければ未来はない。そんな思いで張り裂けそうだったのではないか。年を重ねてきた者の怒りだ。眼には涙が光っていた。

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    東京革新懇代表世話人

    浜崎和馬さんを悼む
       東京革新懇代表世話人 松本秀典
  
東京革新懇代表委員で、東京土建本部副委員長の濱﨑和馬さんが115日、虚血性心不全で急逝されました。享年65歳。
濱﨑さんは、1969年、東京土建中野支部に加入し、青年部にも加入。家業の畳屋を父とともに支えながら、地域の青年たちと青年活動やうたごえ運動にも積極的に参加していきました。物おじしない、それでいて気さくな人柄は、このような運動の中で培われてきたものかもしれません。その後、1984年に中野支部常任執行委員、1998年には支部執行委員長、2008年から東京土建本部副委員長になられ、40年以上にもわたって東京土建運動はもちろん、諸々の民主的運動の先頭に立って奮闘されてきました。亡くなる当日も、東京土建の国会行動に参加し、憲法改悪と脱原発を訴えられました。帰ってきてから、愛用の釣り道具の手入れをしていて、眠るように逝かれたそうです。ビールの飲みっぷりが豪快でした。

「ハマちゃん」と親しまれた濱﨑さんのご冥福をお祈り申し上げます。


  



2013年10月18日金曜日

10月12日 東京革新懇 人間講座

「畑田重夫の憲法とともに生きる」
  120人の参加者 感動のうずに
 あわてず、あせらず、あきらめず


     オープニング  コイワズライさんのギターとサックス
               若者も多数参加
トークセッション
力の入った人間講座に      1012日、エデュカス東京において東京革新懇の人間講座、畑田重夫の「憲法とともに生きる」を開催。学生や青年を含め120人が参加しました。
若手「コイワズライ」によるギターとサックスの軽快な演奏とうたでオープニング。
若者作成のチラシを示しながら、若い人たちと一緒に学ぶことが長年の念願だったと切り出した畑田さん。力の入った人間講座となりました。
ひとりだけ生き残った!
いま卒寿、今年学徒出陣70周年という節目の年。学友はバシー海峡で船もろとも全員死亡。たまたま陸軍病院に入院していて一人だけ奇跡的に生き残った。
「草も木も鳥も人も獣も虫けらも、もとは一つなり、みな地球の子」とうたった作家の藤原審璽さんの肝いりで始まったこの人間講座。地球温暖化、原発で汚されている日本、どう生きるかを問うている謂われのある人間講座である。以下憲法人生、戦争体験、内外情勢について。
迷った時には憲法に問え
学友や無言館の若者たちの血や涙、日本国民三百万人、アジア諸国二千万人の命が込められている日本国憲法。歴史的に、深刻で悲惨な体験をした場合にはそこに一定の思想が生まれる。それが格調高い人権宣言や憲章となる。まさに広島、長崎を体験した日本国憲法がそうである。非常に新鮮な感動を覚えたのを今でも忘れることができない。日本国民がどれだけ感動したか。「心躍る日本国憲法誕生の時代」(岩田行雄著)に詳しい。迷った時には憲法に問え、で読憲、学憲、愛憲、活憲、書憲を行い、徹底して憲法とともに生きる。
亡くなった友への友情の使命、犠牲者への使命
妊婦の殺害や生体検査などを行ったため戦争体験を話せない人が多い。全部責任は天皇はじめ戦争指導層にある。大日本帝国憲法第20条に日本臣民は兵役の義務を有すとあり、194310月、それまで兵役免除だった文科系学生が学徒出陣となった。大学一年の時、陸軍東部第63部隊に入隊。何やってもすぐ殴られる。おはようといってもすぐビンタ。それで手振り文字をみんなで考案。自殺した友もいた。一緒に苦労した友人たちも輸送途中で20歳の若さで亡くなった。何としても戦争だけはくいとめなければならない。節制して少しでも長生きして平和と民主主義、社会進歩に貢献することが、亡くなった友への友情の使命であり、犠牲となった国民に対する使命である。
今の情勢は戦前とほとんど同じ
米中は対決ではなく経済的パートナーである。米国国債を中国が多く買っている。「遠くの親戚よりも近くの他人」という言葉がある。ところが今日本政府は中国、韓国と対立。これは全部日本の側に問題がある。先日九条の会が、憲法が断崖絶壁の近くにあるとアピールを出した。安倍氏は、改憲が「歴史的使命」と言っている。第一次安倍内閣は国民投票法、教基法の改悪、防衛省格上げを行った。いままた、国家安全保障会議、特定秘密法案である。戦前とほとんど同じである。又戦争かという思いである。我々は今何をなすべきかが問われている。
トークセッション  (司会は井佐哲郎運営委員。ガチトーク青年革新懇代表) 
<主な質問>
○敗戦後、新憲法を一般国民はどううけとめたか。
○平和憲法を変えようという動き、どうしてか。
○日本の植民地支配について
○ヘイトスピーチについて
○和田捕手との家族ぐるみの付き合いとなったいきさつや「ライオンズ時代がやってくる」について
○若者の現状、最近の原発ゼロや排外主義反対デモに若者も参加しているが…
○学生9条の会の講演会のお誘いをしているがなかなか関心を示してくれないが…
 これらの質問にユーモアをまじえて答えました。どんな国でも、どんな時代でも若者が中心的に活躍する。
相手の目線で話をじっくり聞き、自分の言葉で、相手の琴線に触れる言葉で、あわてず、あせらず、あきらめず相手に向き合うことが大切であると話しました。和田捕手との家族ぐるみの付き合いになったいきさつも含め、参加者に大きな感動を与えました。

参加者の感想の一部。
○最高に楽しかった!
○日本の今の現状を聞くことができてとても勉強になりました。軍隊にいた時の話などは今の戦争からはなれている日本にはとても貴重な話なので自分もこの講座の内容を伝えていきたいと思いました。
○わかりやすい言葉で、政治、憲法のお話をお聞きでき、日頃のニュースを身近に感じることができました。こんなに自身にも関わる事なのに、難しくて興味を持てずにいる事は勿体ないとさえ感じました。私は20代ですが周囲の知人にも聞いてもらって国民で関心を深めて行かないといけないと思いました。
○大変なことをユーモアをまじえて話され、参加してよかったと思います。最後に話された今の若者たちの大変さの根源は新自由主義からくる「自己責任論」ということが胸にストンとおちました。
○投票率が4割台という低迷の中で自公与党が圧勝した参院選。わずかながら共産党が躍進したのが希望ではありますが、このまま与党が諸法律を数で圧倒していくのではと危惧しています。きょう畑田先生のお話を聞きそれでもあきらめずに歩んでいくことが大事と気持ちを新たにいたしました。ありがとうございました。
○畑田さんのお話で原爆投下はソ連や中国がしたことだと思っている若者がいるという話を聞いてびっくりしました。歴史の真実を知らないことがとても恐怖だと実感しました!!また畑田さんが毎日、憲法手帳を持ち歩いている理由をきいて、憲法が畑田さんにとって死んでしまった戦友たちの思いがつまっていることをきいて、改めて憲法改正は許せないことだと思いました。
○軍隊の体験談がなまなましく70年前の話だと思われませんでした。
○まだまだ話を聞いていたいほど 充実した時間でした。そして、まだまだ自分自身の勉強不足を痛感し、もっともっと知りたいことが増えました。大先輩から元気 勇気をいただいてまた、教育現場でがんばっていきます。

2013年10月1日火曜日

五輪と平和と被災地事情
     ー日々の思いによせて      
  
川嶋みどり 
  日赤看護大学名誉教授
  東京革新懇世話人  
 7年後のオリンピック開催が東京に決まった際先ず浮かんだのが、この2年半のあいだの被災地事情であった。定年後の看護師数名で”東日本これからのケア”を立ち上げて、不自由な仮設住宅での孤立感を少しでも和らげ、お隣さんづくりに役立ちたいと小さな活動を始めてから23ヶ月。ハンドケアやフットケアをしながら、季節ごとの体調保持の実技や健康相談、お茶っこ会、楽しくつくって美味しく食べる会などを続けて来た。それぞれの喪失感や悲しみの質は時を経て変化はしても、決して軽くならないことを感じながら、仮設生活の不自由さをかこつ声に耳を傾けてきた。
 雨の降る度に床下に溜まる水、壁1枚では筒抜けの隣りの音を気にしながらのストレスフルな生活に疲れが目立ち、家族内、隣人間の人間関係の悩みを語る頻度も増している。なかでも、高齢者の心身問題はいっそう深刻である。狭い空間のなかでの不活発症候群を始め持病の悪化が懸念される。3度目の冬を迎えるに当たり、災害関連死を防ぐ積極的な手立てが急がれる。客観的に見ても復興のテンポの遅さは気になることだが、当事者にとっての最大の問題は見通しのない状態が何時までも続くことである。
 そうした中、福島第一原発の汚染水漏れに心痛める大多数の国民の思いをよそに、「汚染水は完全にコントロールできています」と平然と言い切った安倍首相の態度は許せない。白い防護服に身を固めて視察するパフォーマンスに騙されてはならないと思う。国際社会の場で、白を黒と言い切ったそのことは、五輪誘致のためのその場凌ぎの発言というよりも、平和や憲法を揺るがし国防軍創設や秘密保護法など、戦時体制に向かって進む姿勢の一端と見るべきではないだろうか。「あの発言はおかしい!」と言い続けなければならない。そして、平和の祭典の主催国としての矜持と国際的な信頼のためにも、平和の尊さを声高に主張し続けなければならないと思う日々である。