2014年6月7日土曜日

インタビュー

 立憲主義なんだから、
 憲法をしっかり踏まえて…
 「戦争は惨めだった。平和の
   大切さは身にしみている」

前世田谷区長 熊本哲之さん

3年前まで世田谷区長でありました熊本哲之さんをご自宅に訪問し、今、焦点の集団的自衛権をめぐる問題についてインタビューを行いました。

Q今、問題になっている集団的自衛権についてどうお考えですか
日本をめぐる環境は近隣諸国と大変厳しくなってきている。ベトナムでも東シナ海でもそうだ。一触即発の状況だ。周辺で核で脅かされている。核がない日本は、日米同盟をしっかりし、アメリカの核の傘のもとで、国民の平和と財産を守るのが現実的と思う。  
いま、一国だけで平和を守れなくなってきていることが、今回の集団的自衛権の発想と思う。集団的自衛権は必要と思っている。 
Q日本国憲法についてはどうお考えですか
憲法を改正しなければならない事項は沢山ある。都市開発をやるのに私有権が強すぎる。それは憲法にある。いまあらゆることが環境、環境となってきている。憲法制定時に環境など念頭になかった。今の憲法が悪いのではなくて、変えるところは変え、足らないところを補っていかなければならない。 
Q一内閣の判断で憲法解釈が変えられるなら、次の内閣がまた変えるかもしれないと思いますが
政府解釈の変更を軽々にされては、内閣によって日本が右に行ったり左に行ったり、国民の意思にそぐわないといいうことはありうる。国民の声をしっかり聞いて、改正するのが正当だ。 
Q安全保障の問題で焦点は中国と思いますが、日中国交回復の時に、尖閣諸島問題を棚上げするとの中国側の提案(日本の実効支配を認めるとの譲歩)した経過を、石原都知事(当時)の動きで壊したのでは
尖閣諸島の問題は外交できちっと解決しなければならない。いまからでもしっかり話し合わなければならない。 
Q安倍首相は「限定的に容認」としていますが、根本の憲法解釈を変えるわけですから、「限定的」も変えられるのでは
立憲主義なんだから、やっぱり憲法をしっかり踏まえるということにしなければ。それを逸脱するということでは如何なものか。 
Q戦争体験はおありですか
終戦の時は中学2年だった。学徒動員で呉の海軍工廠に行っていた。米軍に爆撃されて山の隧道に移り、飛行機の尾翼なんかのジュラルミンをヤスリで削っていた。飛行場でグラマンの機銃掃射で沢山の兵隊が亡くなった。
86日、作業にかかれと言われたときに、ピカドンとなった。モクモクと雲が立ち上り、その上に座れば天にいけるんじゃないかと思えるようなキノコ雲だった。家に帰ったら、親父が包帯を巻いていた。海軍工廠に行って若い職工と広島駅にいたところ原爆に遭い、「落下傘だ」と表に出た若い連中は全員亡くなった。親父は建物の下敷きになったが助け出されたとのことだった。
戦争は惨めだった。平和の大切さは身にしみている。

熊本哲之さんの略歴
賀屋興宜衆議院議員の秘書として政治活動スタート
都議会議員連続6期(その中で第35代都議会議長)
世田谷区長2
平成23年旭日中綬章受章

最近思うこと

9条に護られてきた「不殺生戒」
岸田正博(しょうはく)
 (隅田山多聞寺山主、
  東京革新懇世話人)

 ホトケの教えとは、「悪いことをしない。善いことをしなさい。心を清らかにしなさい。」(ダンマ・パーダ183)これだけ。だが、それができていれば、この世は極楽浄土になっているはずですが。悪いことは安易で快感。善いことは困難で苦しい。自浄努力はなおさら辛い。只でさえ惡に走りやすい私たちを辛うじて押し止めているのが良識とか優しさなどの人間らしさでしょう。
 しかし、殺人・盗み・レイプ・嘘・二枚舌・悪口・綺語・貪欲・怒り(報復)・邪見(誤ったものの見方考え方)という十惡の限りを尽くすのが戦争です。ことに最後の三つ貪欲・瞋恚・邪見は人間の心を汚す三毒と言われます。最終的に殺し殺される行為を正当化させるためには、人心をこれらの毒で冒すことから始められます。敵愾心・ヘイトスピーチの煽動や利益の飽くなき追求など、優しさや思いやりという人間らしさを奪うことが不可欠です。そのために、十惡強制への諸法制が進められている今です。
 かつて、日本の仏教者の多くは「聖戦」に協力し不殺生を破戒しました。先代住職であった父も、「大政翼賛会」会員でした。敗戦後から現在に至るまで、日本の仏教者が直接に十惡(戦争)の大罪を犯すことなくこられたのは、他ならぬ日本国憲法第9条という世俗(社会)の法があったことによります。日本の仏教者は仏教徒としての持戒を憲法9条によって護られて来たのです。
 国民の生命と財産、さらには不殺生戒を護持してきた憲法9条を、「惡を行い、善を退け、心を汚そう」という無明の企みへの光明として増進させていきたいものです。

2014年5月2日金曜日

最近思うこと

親からの遺産
早乙女勝元作家、東京革新懇世話人)

 この三月末で、八二歳になった。
 自分で自分のトシに驚き、あわてている。
 というのは、私は生まれた時から病弱だったからだ。一歳までに何度も大病し、数年しか生きられないといわれたほどの虚弱体質で、気の弱い子どもだった。
 家計は貧しい下町所帯のなかでも、特に極貧だった。両親は健在だったものの、父は定職のない大酒飲みのスネ者で、私の成長期には、ほとんど家に寄りつかなかった。
 母は女手一つの針仕事で、四人の子を育てるのに働き詰めだった。戦中の思い出といったら、寒さとひもじさばかり。やけ酒で身を持ちくずした父は五〇代なかばで他界したが、遺産らしいものは何もない。
 大学はおろか高校も出られなかった私は、一時期その父を恨む気持ちもあったが、今にして、彼は大変な贈物を残してくれたものだと、思うようになった。もう二度と戦火に逃げまどうことなしとした、日本国憲法である。
 むろん、私の両親がその憲法の成立に関与したわけではないが、憲法誕生時の、国民の一人であったことは間違いない。
 その大事な平和のバトンを、もしも私の代で失うとしたら、あまりにも不甲斐なく慚愧に堪えない。死んでも死にきれぬという表現は好きではないが、そんな気持ちが、ふと胸をかすめるようになった。
 私にも、子どももいれば孫もいる。次世代に、私が両親から受け継いだ平和のバトンを、手渡さずにおくものかと思う。そう思えばこそ、もうひとふんばりの日々である。

 おかげで、老人という感覚はない。一〇代から休みなしに書き続けて、一日四〇〇〇歩以上を歩き、足腰をきたえている。

2014年4月2日水曜日

最近思うこと

許してはならない安倍「教育再生」
   三上 満(教育家、東京革新懇代表世話人)
 いま安倍政権は、「戦争する国」づくりのために、子どもたちの心の中にまで手をのばそうとしています。それが自民党・政府・財界・靖国派が一体となって進めようとしている、いわゆる「教育再生」の策動です。
 第一次安倍内閣のときに、国民の大きな反対の声をふみにじって、教育基本法改定が強行されました。その最大の狙いは、教育の政治支配に道を大きくあけることでした。そして、可能となった政治支配をテコに、教育の目的に、愛国心、伝統文化の尊重、公共の精神といった目的を、子どもたちの心にすりこむことでした。それは安倍首相自身や自民党の歴史認識と結びついた教育目的です。
 今たくらまれている「教育再生」は、その狙いを、いよいよ実現しようと動き出したものです。
 そのひとつは教育委員会制度の大改悪です。教育委員会は教育の権力支配を排するために、政治から独立した権限をもつものとして、戦後教育の自主性を守る柱となってきました。一九五〇年代の「再軍備」改憲策動の中で、それは公選制から任命制に変えられてしまい、それによってかなり形がい化してきたことは否めません。
 しかしそれでも、政治の支配・介入をくいとめる役割を果たしたことも少くありません。いま沖縄県の竹富町で、あの育鵬社の教科書採択を拒否して教育委員会ががんばっているのもその一例です。文科省の「是正要求を出せ」という圧力に、沖縄県教委も応じていません。今や安倍政権にとって教育委員会も目障りな存在なのです。この教育委員会を、ほとんど権限のない諮問機関のようなものに変えてしまおうと言うのです。
 この策動を許さないたたかいとともに、この機会に、教育委員会について学び、関心を持ち、ほんらいの機能を持ったものに変えていく取り組みが求められています。
 もうひとつの重大な問題は、教科書の問題です。
 「特に高等学校の歴史教科書については、いまだに自虐史観に強くとらわれるなど、教育基本法や学校指導要領の趣旨に沿っているのか疑問を感じるものがある」
 これは自民党教育再生実行本部が出した文書にある言葉です。戦争についての真実、日本軍の犯した罪、それらへの反省などを、「自虐史観」と攻撃し、こういう教科書では愛国心は育たないと言うのです。これは安倍首相自身が、もっとも強く抱いている歴史認識に他なりません。
 文科省はすでに教科書検定基準を変え、教育基本法の目的に沿わない教科書は不合格とするという方針を打ち出しています。それは彼らのいう「自虐史観」に立つ教科書を一掃するということです。これはまさに「戦争する国」づくりの意図と結びついたものです。 「道徳」を教科に格上げして、通知票の評価もできるようにするというたくらみも進んでいます。
 集団的自衛権をみとめ「戦争する国」になっていくのか、憲法をしっかり守って平和のために貢献する国になっていくのか、いま私たちがさしかかっているこの岐路の中で、教育の問題も、きわめて重要な課題になっているのです。
 教育は、子どもたちの心に希望をはぐくむ営みです。それは教育のただひとつの座標軸です。それ以外のものを座標軸に据えたとき教育は必ず歪み、子どもたちから離れたものになります。教育を「戦争する国」づくりの具にしようとする策動の、いちばんの犠牲者は子どもたちです。いまほんとうに、子どもたちを守るための共同を広げなければなりません。

2014年1月29日水曜日

最近思うこと

「はだしのゲン」攻撃と都教委
有原誠治映画監督、
 東京革新懇代表世話人)
昨年八月に松江市でマンガ『はだしのゲン』閉架措置が露見し、国民的批判の中でその措置は撤回された。だが、『ゲン』への攻撃はいまも続いている。攻撃しているのは、新しい歴史教科書をつくる会とそこにつながる草の根の右翼。原作者中沢啓治さんが原爆投下をもたらした要因として、侵略地での日本軍の蛮行を描き、昭和天皇の戦争責任に触れて描いた部分を取り上げて、教育現場からの撤去を求めている。
昨年の秋。私の仕事場のある練馬区の教育委員会には陳情という形で、東京都教育委員会には請願という形で、「はだしのゲン」の教育現場からの撤去をもとめる要望が出された。松江市で勝ち取ったものを練馬や東京で後退させるわけには行かない。友人たちと相談し、『はだしのゲン』の自由閲覧の維持を求める運動を展開した。
122日の練馬区教育委員会は、教育委員全員が陳情について発言し、「特定の図書を問題にすることは、検閲を禁止している憲法21条に触れる」「現場の先生方の図書選定を尊重し、統制しない」などの発言があって、全員一致で撤去を求める陳情などを不採択とした。一方、東京都教育委員会は19日に審議があって、ここも友人たちといっしょに傍聴した。都の教育委員会は、「さまざまな図書館資料がおかれることが必要である」などの理由から請願には応じないとする回答が採択された。そこは良かった。だが、『ゲン』については「暴力的な表現など、その一部に教育上配慮が必要な表現がある」とし、それを受けて、「我が国と郷土を愛する態度や、国旗、国歌の意義などについて、児童、生徒を正しい理解に導くよう、都立学校や市町村教育委員会に対して指導、助言を行ってまいります。」と、強引にまとめていた。これではまるで、統制ではないか。


2013年12月25日水曜日

革新懇全国交流会

革新懇運動は、国政を変える
      統一戦線の『架け橋』
大阪で「地域・職場・青年革新懇全国交流会」を開催            全体会 2013年11月16日 於 堺市 
   (全体会で連帯挨拶をするミサオ・レッドウルフさん)
安倍政権の暴走とそれを食い止める国民のたたかいが「激突する情勢」のもと、全国革新懇は2013年1116日、大阪で「地域・職場・青年革新懇全国交流会」を1700人の参加で開催しました。東京革新懇から、25名の参加がありました。
全国革新懇から「問題提起」で、「各分野での一致点にもとづく要求実現を求める共同を誠実に発展させ、政治を変える新しい共同に大きく合流、発展させよう」と呼びかけられました。
『一点共闘』から統一戦線へ
特別発言を行った志位和夫日本共産党委員長(全国革新懇代表世話人)は、「各分野で発展する『一点共闘』が互いに連帯する大きな流れにしていく『要』としての役割を果たそう。『一点共闘』が国政を変える統一戦線へと発展していく『架け橋』の役割を果たそう」と訴えました。
西東京革新懇が報告
全体会で西東京革新懇のさんは、「脱原発」と「憲法9条を守る」一点共闘の取り組みを報告しました。
市内にある18の反原発関連の団体に呼びかけ、「みんなのNONUKES西東京」を結成、市内の5駅をリレーする駅頭・散歩街頭宣伝、「原発シンポと親子イベント」、西武沿線92駅アクションなど多様な取り組みを持続しています。また、12の「9条の会」が中心となって、「SAVEザ9条・SAVEザ憲法 西東京実行委員会」を結成し、地域新聞に「戦争のできる国はイヤだ。だから憲法9条を守りたい」との意見広告を1080人の賛同で成功させました。
共同の要である地域革新懇(分散会11月17日エル大阪)
分散会では、松元代表世話人が、東京の地域革新懇が、原発ゼロや秘密保護法反対などの共同で「要」の役割を果たしていることを具体的に紹介しました。新堰代表世話人は、東京革新懇が全ての自治体に革新懇を結成することをめざし「地域革新懇活動の手引き」を作成したことを報告しました。
職場革新懇シンポでは
未来をひらく全日空の会の杉山事務局長は、「秘密保護法、国民の目・口・耳を塞ぐ悪法は、重く圧し掛かってきます。航空働者に米軍機とニアミスして報告すると、米軍機の行動が秘密機密扱いとなれば罪になる。航空機部品には、多数の米軍公知規格の部品を取り扱っています。これを誰かに喋ると、これも罪になる、など他人事ではありません。反対の声を職場に広げていくのも革新懇の役目です。」と決意を語りました。
「学び、楽しみ、行動する」をスローガンに掲げ活動している西武革新懇の青木代表世話人は、「もっと大きな視点」が大事ではないかと提起し「西武鉄道に働く人にも、利用者にも、住民にも優しい鉄道であり続けるために労働者、住民目線で経営政策などにも提言・批判を発信することが必要と考えていると、述べました。

2013年12月18日水曜日

老婆の叫び
 大峰順二 劇作家・演出家(東京革新懇世話人)

2010年の春。パソコンに長いメールが飛び込んできた。岩手県・西和賀町の生涯学習課で働く職員からである。その趣旨は、西和賀町にしかない町民劇をやりたいという事であった。

 西和賀町は、かつて「健康と福祉の村」として全国に名をはせた沢内村と、鉱山景気で活況を呈した湯田町が合併したことによって生まれた。しかし、合併によって誕生した新しい自治体が、夢や希望にあふれた歩みを始めたのかといえば、そんなことはない。沢内村の「健康と福祉」は、相次ぐ自治体いじめの嵐の中で赤信号を灯していたし、湯田町は、鉱山景気が去った後、温泉を頼りに観光地化を目指したが、成功してはいなかった。

 「……そんなわけで、西和賀町としての明日がなかなか見えないのです。高齢化は進む。若者は町を出る。後継者がいない。食い止めようにも仕事が創出できない。このままではいけない。そんな思いはあるのだけれど、どうすればいいのか。それを町民劇づくりの中で考えたいのです」

 私は、さっそく西和賀町に向かった。以後、80人を超える町民たちの参加で行われた「思いっきり語る会」の傍聴、聞き取り取材、さらには実行委員との懇談を深める中で「西和賀町物語」を書きあげ、上演にこぎつけた。2012年、晩秋の事である。

その上演中、場面は「夜の道行」。歩いてくるのは若い男女。男が星空の下でプロポーズをする。だが女は返事をしない。男には仕事がなく、先行きも見えないのだ。その時……。客席から大きな声が飛んだ。声の主は、老婆だった。

「がんばれ! まんず、すかたね!」

 まんず、すかたね……。そう叫んだ老婆の胸は、若者が定住し、結婚をし、子供を育てていける、そんな町でなければ未来はない。そんな思いで張り裂けそうだったのではないか。年を重ねてきた者の怒りだ。眼には涙が光っていた。

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    東京革新懇代表世話人

    浜崎和馬さんを悼む
       東京革新懇代表世話人 松本秀典
  
東京革新懇代表委員で、東京土建本部副委員長の濱﨑和馬さんが115日、虚血性心不全で急逝されました。享年65歳。
濱﨑さんは、1969年、東京土建中野支部に加入し、青年部にも加入。家業の畳屋を父とともに支えながら、地域の青年たちと青年活動やうたごえ運動にも積極的に参加していきました。物おじしない、それでいて気さくな人柄は、このような運動の中で培われてきたものかもしれません。その後、1984年に中野支部常任執行委員、1998年には支部執行委員長、2008年から東京土建本部副委員長になられ、40年以上にもわたって東京土建運動はもちろん、諸々の民主的運動の先頭に立って奮闘されてきました。亡くなる当日も、東京土建の国会行動に参加し、憲法改悪と脱原発を訴えられました。帰ってきてから、愛用の釣り道具の手入れをしていて、眠るように逝かれたそうです。ビールの飲みっぷりが豪快でした。

「ハマちゃん」と親しまれた濱﨑さんのご冥福をお祈り申し上げます。